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MS&ADに対して化石燃料事業への保険引受等の停止に向けたエンゲージメントを求める要請書

MS&AD株を保有しているとみられる金融機関50社に対して、MS&ADに対して化石燃料事業への引受からの撤退等を求めるエンゲージメントを求めて、環境NGO5団体が以下の要請書を送付しました。表や付録を含めたPDFフルバージョンはこちらから。

2023年1月18日

MS&ADインシュアランスグループホールディングス株主の皆様

MS&ADに対して化石燃料事業への保険引受等の停⽌
に向けたエンゲージメントを求める要請書

「環境・持続社会」研究センター(JACSES)
気候ネットワーク
国際環境NGO FoE Japan
メコン・ウォッチ
Insure Our Future

私たちは、国内外の金融機関に対してパリ協定の長期目標との整合化を図り、化石燃料事業への支援を停止するよう働きかけている環境NGOです。この度、日本の大手損害保険会社であるMS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社(以下、MS&AD)の大株主である金融機関50社の皆様に、化石燃料事業への保険引受方針に関してMS&ADが国内外の保険会社に遅れをとっていることを踏まえ、同社に対して化石燃料事業への保険引受等からの撤退を求めるエンゲージメントをお願いしたく、本要請書をお送りさせて頂きます。

2022年11月、MS&ADは2026年3月末までに6300人の人員を削減する方針を発表しました。メディア各紙によると、この人員削減の背景には、気候変動による自然災害の頻発と激甚化の影響による保険金支払額の高騰があり、収益改善に向けコスト削減を図るためとされています。近年多発する自然災害に対する保険金の支払いは、損害保険業界において大きな危機となっている側面があると報道されている一方で、MS&ADは巨額の保険引受・投融資を通じて気候変動を深刻化させる化石燃料事業を支援しており、自社の保険引受・投融資の方針も極めて不十分でパリ協定の長期目標に整合していない状態です。

環境NGOの国際ネットワークである「Insure Our Futureキャンペーン」は、昨年10月に世界の大手30社の石炭・石油・ガスへの保険引受、投資撤退、および気候変動対策に関するランキング2022年度版(※1)を発表しましたが、MS&ADは30社中18位で、日本の3大損害保険会社の中で最下位でした。

MS&ADは、以下の点において、他の保険会社に遅れをとっています。

1.石油・ガス事業への保険引受・投融資を制限する方針ない

世界では、すでにアリアンツ、スイス再保険を含む13社が石油・ガス事業に関して保険引受を制限する方針を設けています。石油・ガス事業に保険引受・投融資を行うことへの高まるリスクから、世界全体で新規の取引を停止する保険会社の数は近年急増しています。日本の競合2社においては、2022年5月にSOMPOホールディングス株式会社(以下、SOMPO)が、日本の金融機関として初めてオイルサンド開発、北極圏野生生物国家保護区(ANWR、Arctic National Wildlife Refuge)でのエネルギー採掘事業への新規保険引受・投融資の停止を発表し(※2)、2022年9月には東京海上ホールディングス株式会社(以下、東京海上)が、オイルサンド採掘における新たな取引、北極圏野生生物国家保護区を含む北緯66度33分以北の地域での石油・ガス採掘における新たな取引の原則禁止を発表しました(※3)。

しかし、MS&ADは石油・ガス事業への保険引受・投融資に何も制限を設けていません。MS&ADはオーストラリアで最もCO2排出係数が高いLNG事業であると言われているイクシスLNG事業に関して、2012年から2017年にかけて建設等の保険引受者であることが判明しており、現在計画されているイクシスLNG拡張事業についても引受者となる余地を残しています(※4)。

2021年5月18日に国際エネルギー機関(IEA)が発表した報告書「Net Zero by 2050, A Roadmap for the Global Energy Sector」によれば、新規の化石燃料採掘事業は行うべきではなく、発電セクターにおいては世界全体で2040年に排出量をネットゼロにする必要があります(※5)。したがって、2050年ネットゼロを達成するためには、石炭事業のみならず、石油・ガスを含めた化石燃料の生産・輸送・発電事業の保険引受停止が必要です。

2. 石炭事業に依存度の高い企業への保険引受・投融資を停止する方針がない

2022年6月にSOMPOは、2025年1月までに温室効果ガス削減計画がない、「石炭事業を主業にする企業(※6)」への保険引受・投融資の停止を発表しました(※7)。制限対象に含まれる企業のしきい値の設定(※8)や、停止対象の温室効果ガス(GHG)削減計画の内容に具体的な要件が設定されていないこと等、依然として内容に課題はあるものの、保険引受・投融資を企業単位で制限する方針を発表したのは日本の金融機関で初めてでした。しかし、MS&ADは保険引受・投融資を企業単位で制限する方針を何も設定していません。世界では、アリアンツ、アクシスキャピタル、チューリッヒ等の7社が石炭に関して企業単位で制限する方針をすでに設定しています。

3. 石炭事業の既存契約に関するフェーズアウト目標がない

昨年6月に「Insure Our Future」と韓国の環境NGO「Solutions for Our Climate(SFOC)」が発表した報告書によると、MS&ADはベトナムのブンアン2石炭火力発電所の建設等に約12億1600万米ドルの保険金規模で保険引受を行っており、ブンアン2の最大の引受者であることが判明しました(※9)。ブンアン2の保険契約が開始されたのは2021年10月ですが、これに先立つ2021年6月にMS&ADは「今後計画される石炭火力発電所の保険引受や投融資を行わない」と発表し、石炭に関する方針強化を行っています。これについてMS&ADは、本方針は「すでに交渉の段階に入っている事業」には適用されないと説明しており、抜け穴を用意していたことは明らかです。今後、ブンアン2が稼働期間に入った場合にも引受者になるかはわかりませんが、MS&ADは石炭事業の既存保険契約に関するフェーズアウト計画を持っていません。すでにアクサ、スイス再保険、アリアンツ、アクシスキャピタル、チューリッヒ等の保険会社14社が、自社のポートフォリオから石炭事業のエクスポージャーを世界全体で2040年までにゼロにする方針を掲げています。

4. 石炭・炭鉱開発事業の停止方針に抜け穴がある

2022年6月にMS&ADは、既設の石炭火力発電所および炭鉱(一般炭)開発の新規顧客の保険引受・投融資に関する取引停止を発表したものの、「パリ協定の合意事項達成を目的に、脱炭素化技術・手法を取り入れている案件については、慎重に検討の上、対応を行う場合がある」との例外規定を設定しています。そのため、排出削減効果が限定的でパリ協定の目標達成に整合しない可能性が高いと、国内外から批判の声が上がってるアンモニア混焼等を用いる石炭火力発電所についても、将来的に保険を引き受ける余地を残しています(※10)。

MS&ADは2022年6月15日に、2050年までに保険引受ポートフォリオの温室効果ガス排出量ネットゼロを目指す国際的なイニシアティブである「Net-Zero Insurance Alliance(NZIA)」および「Glasgow Financial Alliance for Net Zero(以下、GFANZ)」への加盟を発表しました。国連が支援する気候変動対策キャンペーン「Race to Zero」が新しく発表した基準(※11)によると、世界の平均気温上昇を1.5度以内に抑えるためには、排出削減対策が講じられていない全ての化石燃料を段階的に削減して廃止する必要があり、加盟機関は自社のポートフォリオ、投融資、促進、保険引受における排出量を含む、全ての温室効果ガス排出量における今後10年間の中間目標を設定する必要があります。新基準は2022年6月15日以降にGFANZの傘下組織に加盟した機関には即時に適用され、GFANZの加盟機関は新基準を満たすことが推奨されています。

アントニオ・グテーレス国連事務総長主催の非国家アクターのネットゼロ達成に関するハイレベル専門家グループが2022年11月に発表した提言(※12)においても、全ての金融機関は、ネットゼロ目標・移行計画を設定する際に、新規の石炭のインフラおよび発電所の建設や炭鉱開発を計画している企業への保険引受・投融資を直ちに停止することを含むことが必要であり、石炭からのフェーズアウト計画に関しては、OECD加盟国は2030年までに、OECD非加盟国は2040年までに、石炭のバリューチェーンにおける全ての金融およびアドバイザリーサービスを停止し、石炭へのエクスポージャーを段階的に廃止しなければならないと述べられています。

つきましては株主の皆様に、MS&ADの保険引受方針がパリ協定の目標に整合するよう、1)石油・ガス事業への保険引受・投融資の停止、2)石炭方針における例外規定の撤廃、3)石炭関連企業への保険引受・投融資の停止、4)既存の石炭事業に関するフェーズアウト目標の策定を求めるエンゲージメントを、MS&ADに対して行うよう要請します。

大変お忙しい中、誠に恐縮ではございますが、本要請に対する貴機関の方針およびMS&ADに対するエンゲージメントの結果を下記の担当者宛に2月17日までに頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。また、上記の点に関する説明や意見交換をご希望の場合はオンラインで会合を持つことも可能ですので、お知らせ頂けますと幸いです。

注:
※1:http://jacses.org/wp_jp/wp-content/uploads/2022/10/IoFscorecard2022JPN.pdf
※2:https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/doc/pdf/ir/2022/20220527.pdf?la=ja-JP
※3:https://www.tokiomarinehd.com/release_topics/release/l6guv3000000fyvm-att/20220930_Climate_Strategy_j.pdf
※4:https://reclaimfinance.org/site/en/2022/10/05/will-major-insurers-rule-out-support-for-ichthys-lngs-expansion/
※5:International Energy Agency (IEA), (2021), Net Zero by 2050, A Roadmap for the Global Energy Sector, p. 20, IEA, Paris,
https://iea.blob.core.windows.net/assets/0716bb9a-6138-4918-8023-cb24caa47794/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector.pdf
※6:SOMPOは「石炭事業を主業にする企業」について、「収入の30%以上を石炭火力、一般炭鉱山、オイルサンドの採掘から得ている企業、または30%以上のエネルギーを石炭で発電している企業」と定義しています。
※7:https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/news/2022/20220628_1.pdf?la=ja-JP
※8:ドイツの環境NGOウルゲバルトは、30%のしきい値では実際に石炭事業を拡大している企業の半数程度しかカバーしないため、石炭事業に関与する企業のデータベース『Global Coal Exit List(GCEL)』の対象企業になるしきい値を30%から20%に厳格化しています。詳細は以下をご参照ください。https://www.coalexit.org/methodology
※9:http://jacses.org/wp_jp/wp-content/uploads/2022/06/kepcoreportjp.pdf
※10:https://www.kikonet.org/info/publication/hydrogen-ammonia
※11:https://climatechampions.unfccc.int/criteria-consultation-3-0/
※12:https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/high-level_expert_group_n7b.pdf

本要請書に関するご返答・お問合わせ先:
「環境・持続社会」研究センター(JACSES)田辺有輝/喜多毬香
tanabe@jacses.org / kita@jacses.org

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