Insure Our Futureから第8回年次スコアカード「Within Our Power」がリリースされました。
Insure Our Futureでは、世界の保険会社を気候変動対策の観点から評価したスコアカードを毎年発行しています。各保険会社の石炭、石油、ガスに対する保険・投資に関する方針を数値化し、今後の課題や成長エリアを明らかにすることを目的としています。
過去版のスコアカードはこちらのページからダウンロードいただけます(日本語訳版あり)。
2024年版スコアカードの調査結果
スコアカードの評価対象となった28 社のうち半数を超える15 社で、気候変動に起因する推定損害額が化石燃料事業の保険料収入を上回る結果となりました。この結果は、化石燃料事業には資源の有限性という構造的な問題があるだけでなく、気候変動を加速させることで損害保険会社にも損害を与えていることを示唆しています。
また2024年には、産業革命以前と比較した世界平均気温が1.5℃上昇したことが観測史上初めて確認されました。気候変動により猛暑の発生確率は従来の3倍にまで上昇し、熱波や干ばつ、森林火災、洪水などの深刻な影響を受けた人の数は世界で50億人にのぼります。
過去20年間に発生した自然災害の保険損害のうち、3分の1以上が気候変動に起因
調査を担当したSEOアムステルダム・エコノミクスによると、過去20年間に発生した自然災害に関連する保険損害額のうち、気候変動に起因すると見られる損害額は総額6,000 億ドルであることが明らかになりました。これは保険損害額全体の3分の1を超える割合で、保険会社の損害のしわ寄せによる地域社会への負担を示唆しています。
報告書によると、気候変動に起因する保険損害額は2002〜2022年の20年間で4,750億ドルから7,200億ドルに、年間平均300億ドルのペースで増加しており、損害額は今後も上昇する見通しです。
異常気象災害による経済損失のうち、保険が適用された割合はわずか38%
スイス再保険によると、異常気象災害による経済損失総額のうち、保険が適用された割合はわずか38%でした。この調査結果は、気候変動による損害が深刻化する中、保険に加入していない被害者は損害額を直接支払わなければならず、被保険者は高騰する保険料の支払いに加え適用外の損害を自己負担しなければならないという厳しい負担を表しています。
住宅保険料の高騰も深刻で、日本、米国、英国、オーストラリアなどにおける住宅保険料の上昇率は2桁に加速しています。
日本・アジアの立場
化石燃料事業に保険を提供する損害保険会社上位10社のうち、8社はアジアの企業が占める結果となりました。このことからも、アジアの保険会社は気候変動対策において国際社会で鍵を握る重要な存在であることが分かります。日本からは、東京海上、SOMPO、MS&ADの3社が上位10社に入っています。
米国が気候変動対策から後退する中、これは各業界のトップランナー企業が化石燃料からの脱却によって経済的チャンスを得られるというインセンティブでもあります。ただし、保険業界で1.5℃目標に沿った方針を提示している企業は現時点でおらず、業界全体がこのチャンスに大きく出遅れています。
日系保険会社のパフォーマンス
気候変動に対する世界的な取り組みは依然として遅れています。とはいえ、アジアの保険会社の方針にもまったく変化がないわけではなく、少しずつ動きが見えてきています。ここでは、スコアカードの調査対象となった日経保険会社3社のパフォーマンスを見てみましょう。
東京海上ホールディングス
総合ランク:15/26位
総合評価:1.37/10
東京海上は、炭素排出量の高い事業クライアントに対し、2030年までの脱炭素化計画を義務付けるエンゲージメント方針を発表しました。その一方で、石油・ガス事業に対する保険の新規契約は依然として認めています。
SOMPOホールディングス
総合ランク:16/26位
総合評価:1.27/10
SOMPOは石炭事業への規制に加え、日本の損害保険会社としては珍しいタールサンド事業への規制を導入しています。が、その一方で、新規の石油・ガス事業には制限なく保険を提供しています。
【追記】
2025年1月、SOMPOは「事業におけるESG配慮」方針を更新し、日本の損害保険会社として初めてFPIC(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく合意)を含む先住民族の権利を尊重する方針を設定しました。
MS&ADホールディングス
総合ランク:18/26位
総合評価:1.21/10点
MS&ADは、アジアの保険会社として初めて、2030年までに脱炭素計画を有していない場合取引を撤退する方針を表明し、国内企業のポートフォリオ排出量を37%削減するとの目標を発表しました。ただし、パリ協定に従って世界の平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるためには、この数値を45%にまで強化する必要があります。
おわりに
損害保険会社が化石燃料事業から得る収益は平均で事業の2%と言われています。今回の調査で明らかになった通り、気候変動が深刻化するにつれ、多くの損害保険会社で化石燃料事業のもたらすリスクが利益を上回っているのも現実です。
損害保険会社はこのような高リスク事業のために、社会全体だけでなく自社の収益にも危険を及ぼす可能性が高い化石燃料事業への支援を続けるべきなのでしょうか?
今回の調査結果は、気候変動の渦中において保険会社が社会における自身の役割を考え直す岐路に立っていることを示唆しています。
また、2024年に1.5℃の臨界点が突破されたことを踏まえると、これはアジアが化石燃料からの脱却による経済的メリットを享受する極めて重要なチャンスでもあります。これまでは、クリーンエネルギーへの転換に消極的な保険会社の姿勢が、気候にとっても保険業界にとっても深刻な危機を引き起こしてきました。
これ以上、保険会社が求められる気候変動対策を進めない場合は、地域社会を守るために規制や法整備による介入が不可欠となるでしょう。顧客に自身のサービスが選ばれ続ける未来を選ぶためにも、保険会社はリスクの高い化石燃料事業への投資をやめ、迅速かつ公正なクリーンエネルギーへの転換を促進する必要性に迫られています。